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路傍の晶

第57回

サグーン 店主 グルンさん

「ネパール料理を知ってほしい」と語る
グルンさん。奥様とともに。
「ネパール料理を知ってほしい」と語る
グルンさん。奥様とともに。
不思議と日本には縁があるようだ。二十歳を過ぎたころ、グルンさんは母国ネパールを飛び出し、石油精製会社の荷船に乗った。彼の仕事は、船のなかにあるレストランでの接客仕事が主だった。船上にはほかにアメリカ人やイギリス人、タイ人など、さまざまな国籍の労働者が入り交じっていた。なかには日本人もいて、彼はしばしば日本語を教わった。
およそ一年の航海を終えてからはネパールに帰り、ここでもレストランで働いた。その後、香港へ渡り、洋服の買い付けの仕事にも精を出す。友人に誘われて、初めて日本を訪れたのは、25歳だったこの頃のことだ。

 1990年代に差しかかった当時、日本はいまほど海外からの訪問者に対する準備が整ってはいなかった。たとえば駅などの公共機関で、現在は当たり前のように日本語の脇に英語が付されている。中国語や韓国語が併記されていることも珍しくない。だが当時は、日本語表記のみの場合が大半を占めていたのである。
多くの外国人が集っていた香港からやってきたグルンさんは、環境の違いに戸惑った。とあるコンビニエンスストアに入ったときもそうだった。買い物をするにも、日本語が読めず、どんな商品なのか判らない。やむを得ず、手ぶらで店を出ようとした。そのときである。とぼとぼと歩く背中に、不意に声がかかった。「ありがとうございました」――我々日本人にしてみれば、なんでもない日常的なこの出来事が、いまもグルンさんの心に強く残っているという。「感動したんですよ。お客さんというのは、来てくれるだけでありがたいものなんだと、私に教えてくれました。街を歩いていても、困っていると皆んなが親切にしてくれた。自分には日本が一番合うのかなと思ったんです」

 得がたい経験をした彼は、3ヶ月の旅程を終えると、後ろ髪を引かれながらいったんは母国へ帰る。だが、しばらくして自動車の整備工場に勤め、ふたたび日本の地を踏んだ。赴いたのは埼玉県の狭山市だった。日本人に囲まれたこの狭山での5年間で、グルンさんは日本語をほぼ完璧にマスターしたという。

 おなじ狭山にあるインドカレー店が閉店すると聞きつけたのは、5年前のことだった。彼はすぐさま店舗を譲り受け、ネパール料理店を開業した。母国でも厨房を経験し、自身でも「誇りを持っている」と言い切る味のこだわりが、界隈の評判を呼ぶ。「この味はここでしか食べられない」という声まであちこちで聞かれるようになったほどだ。そして3年を経て、周囲の勧めもあり、東京へ進出した。それが中村橋に構える現在の「サグーン」である。

 オープンして2年、「手を抜かずに一生懸命やれば、何事もできるんだなと思いました」と笑みをこぼす。「今後、ネパール料理をさらに広めていきたいですね。より多くの日本の方々に、ネパールの味を知ってほしい」 捲った腕には、ナンを焼くときにできた火傷がいまも残っている。さまざまな経験と努力の積み重ねが今日を導いたという証でもある。そんなグルンさんにとって、日本は「第二の故郷」だという。

取材・文◎隈元大吾

サグーン
住所:〒176-0021
練馬区貫井1-5-4 藤岡ビル中村橋1階

アクセス:西武池袋線 中村橋駅より 徒歩1分
電話番号:03-3970-5933
営業時間:
ランチタイム 11:00~15:00
ディナータイム 17:00~22:00(ラストオーダー22:00)  
定休日:第3火曜