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路傍の晶

第36回

染織工芸あさひや  店主 野尻さん

* 店主の野尻さん *
* 店主の野尻さん *
練馬区ではもっとも古いといわれる練馬銀座本通り商店会に建つ「あさひや」は、この10月で33歳を迎える。夫婦で立ち上げ、長い年月をかけて今日まで成長してきた店だが、店主の野尻さんは「呉服業界で33年はまだまだ子ども」と笑う。
「この商売は、『お客さんにいかに信用してもらうか』にかかっています。高価な品も扱いますし、信用がなければ手にとってもらえません。ただ信用を得るためには時間を要する。ですから33年といっても、けっして長いとはいえないんですよ」
* 練馬駅近くのお店 *
* 練馬駅近くのお店 *
16歳の春、野尻さんは福井を出て上京した。戦争で亡くなった父が染め職人だった縁もあり、亀有の呉服店に入り、住み込みで働いた。

 5人ほどいる弟子のなかで、最年少となる少年の待遇は厳しい。朝一番に起きて便所掃除や洗濯など家事を手伝い、休む間もなく店に立つ。遊ぶこともままならぬ12年に渡る修行生活のなかで、彼は販売のノウハウはもちろん、仕立てに必要な運針の技術や生地に関する知識を学んだ。

 独立を果たしたのは、28歳を目前に控えたある日だった。毎月の少ない給料を積み上げてつくった貯金を握り締め、現在の地で開業したのである。
* 雑貨も並ぶ店内 *
* 雑貨も並ぶ店内 *
野尻さんが開店当時を振り返る。
「サラシ1反ないわけですから、まずは反物を集めるところから始めました。反物のデザインは好みとセンス。品揃えによって店の特徴が生まれ、好みの合う方がついてくれる。あの頃は練馬駅周辺だけでも呉服屋が7,8軒はすでにありましたから、地域の方々にできるかぎりアピールしました。今ではやっていませんが、車でお客さんのお宅に直接伺って、販売したこともありましたね。とにかく食べるので精一杯でしたよ」

 余裕の船出とはいかなかったが、寝る間も惜しんで心血を注いだ努力は実った。通りを見れば、道ゆく人々の着物が、あさひやの品で占められたほどだったという。

 ただ一方で、時代は呉服から次第に離れていく。世代の移り変わりとともに洋服が大勢を占め、公の場ですら着物を選ぶ向きは少なくなった。コンビニエントな時流も災いし、個々の体格や好みに合わせ時間をかけて仕立てる和服よりも、その場ですぐに着られる既製品が喜ばれるようになった。その結果、業界全体が冷え込み、周辺の呉服店も軒並み閉店に追いやられてしまう。練馬駅付近にかぎれば、残っているのはあさひやだけという現状である。

「昔は手間隙をかけて仕立てましたからね。いまの風潮は寂しいですよ」野尻さんは少しだけ肩を落とす。だが
「たしかに呉服は古いかもしれない。ですから夏場には若い方向けに浴衣を取り入れたり、お客さんの持っている着物の生地を再利用して、ドレスを仕立てることもあります。ちょっとした小物なら、余り布で作ったりもする。古いものをどう活かすか、活かせるか。お客さんの立場になって考えています」

 時代は絶えず移り変わっていく。だが古いものから新しいものへとかたちは変化しても、利用者の要望に応えて信用を得る姿勢だけは、寸分も変わらない。

取材・文◎隈元大吾

染織工芸あさひや
住所:〒176-0001
練馬区練馬1-23-2
 
アクセス:西武池袋線練馬駅
北口より徒歩3分
 
電話番号:03-3991-2192
FAX番号:03-3991-2192
営業時間:10:00~20:00
定休日:日曜